top of page

一人一台端末環境における映像活用とその課題

問題の所在

 政府が推進するGIGAスクール構想により、まもなく日本中の小中学校で一人一台端末環境が実現する。教科書、ノートに黒板という環境から、一人に一台のPC・タブレットが加わる。教科書にはQRコードが、デジタル教科書には動画や静止画などの映像資料が提供されるようになる。国語学習における映像利用はますます活性化するものと思われる。そこで本稿では一人一台端末環境における映像活用に焦点を当てて、これまでの実践を整理し、考察したい。

 

すぐれた映像のもつ教育効果とは

 映像教材について視聴覚教育の分野で知見が蓄積されている。文部省(1966)の『学校放送の利用』では、すぐれた映像の持つ教育効果を次のように示している。

⑴新鮮な経験を与えて,豊かな想像力や学習への興味を育てる。

⑵未経験あるいは追体験の困難な事物や事象に対して,具体的な理解の手がかりを与える。

⑶事象の関係,構造,過程などを要約した形で示し,事象の全体的な理解を容易にする。

⑷因果関係や論理の展開を要約して示し,筋道を立てて考えることを知らせる。

⑸統計資料その他学習のための新しい参考資料を提供する。

⑹練習のための正しい模範を与える。

⑺鑑賞や批判のためのすぐれた資料を提供する。

⑻情緒に訴え,望ましい心情や態度を育てる。

⑼日常の生活指導において共通の関心や問題意識をよび起こして,問題の解決を容易にする。

⑽正確な共通語が身につき,意見や感想の発表が活発になる。

⑾家庭における放送の視聴態度を望ましい方向に育てる。

⑿教師に指導上の示唆や模範を与える。

学校放送番組の変化と一人一台端末環境

 前述の『学校放送の利用』が発表された当時は、ようやく教室にテレビが配置され始めた時期と重なる。その五〇年後の現在、一人一台端末環境となり、映像教材とその活用はどのように変わっていくだろうか。映像の作り手の立場と、利用者(学習者)の立場から変化を見ていく。

 宇治橋(二〇一九)は二〇〇〇年代以降の学校放送番組の変化として、インターネット上(NHK for School)で番組や関連する資料、動画クリップなどを提供し、様々メディアをいつでも選んで視聴できるようにした点、放送番組だけで学習(授業)を完結させるのではなく、番組を短時間化して「セグメント」(内容を断片化し様々なコンテンツを組み合わせる)や「オープンエンド」(最後に疑問を投げかける)などの演出を工夫し、番組を視聴した後での学習者の活動を引き出すようにした点などを取り上げる。

 他方、一人一台端末環境による学習の変化を見ていく。まず、全員同時に一斉視聴という従来のスタイルから、一人ひとりの関心に応じた映像の視聴が実現することとなる。また、いつでも、どこでも、誰とでも、端末を持ち出して、さまざまな場で視聴ができるようになる。さらに、PC・タブレットの機能により、映像を視聴するだけでなく、撮影、編集したり、関連する情報を調べてまとめたりするなどの情報活用、発信へと広がることもできるようになる。

 一人一台端末環境の時代を迎え、教育放送番組に限らず、インターネット、教科書のQRコードからアクセスできる映像、学習者自身が撮影した映像の活用など、利用の幅は一気に広がることになる。五〇年前に提示された「映像の教育効果」は、個の主体的な選択、活用や、多様なメディア利用という変化を踏まえ、さらに検討する必要がある。

 

一人一台端末環境における映像活用の学習活動の検討

 中学校での実践を紹介する。分析の観点として、前述の「映像の教育効果」の番号を【 】で示した。

 

映像を活用した授業実践例の検討

 中学校での実践を紹介する。分析の観点として、前述の「映像の教育効果」の番号を【 】で示して検討したい。

 

[話すこと・聞くこと]「プロのプレゼンから学ぼう」1年

映像:Eテレ「プロのプロセス」「プロのプレゼン」のビデオクリップ【⑹ モデル提示】

 「プロのプレゼン」には複数のプロ(アナウンサー、弁護士、広告プランナー、住職、実演販売士など)がプレゼンテーションをしたビデオクリップが掲載されている。それを各自の端末で視聴し、最も優れていると感じたプレゼンテーションとその理由を紹介し合った。お互いが指摘したプレゼンテーションのわざを共有したあとで、この技を自分のプレゼンテーションに生かしていった。

[書くこと]「紅茶のいれ方マニュアル」2年

映像:リプトン社による「おいしい紅茶のいれかた【ストレートティー/ホット】」の動画【⑶ 構造提示】

 「おいしい紅茶のいれ方」(ナレーションをカットして提示)の映像を注意深く観察して、紅茶のいれ方を説明する文章を書いていく学習である。

 映像からわかる様子や熟達者のわざを言語化し、手順を整理し、だれでもそれを再現できるようなマニュアルを制作することが学習課題。いわゆる「わざ言語」を駆使して、身体動作を他者に伝えることがこの学習のポイントとなる。

 

[読むこと]「おれはかまきり」1年

映像:デジタル教科書に収録された作者くどうなおこ氏の解説【⑺ 鑑賞のための資料】

 まず、詩「おれはかまきり」を読み、各自で詩の言葉からわかるかまきり像をとらえる。その後で、デジタル教科書に掲載されている、作者による解説動画を視聴し、この詩を作る際に作者がイメージしたかまきりについて知る。作者の解説を聞き、最初に自分が想像したかまきり像とのギャップについて考える。また、新たに浮かび上がってきた言葉やイメージについて交流し合う。

 

[言語事項]「敬語ワンポイント・レッスン動画制作」2年

映像:生徒が撮影・編集した映像【⑵ 追体験】

 敬語学習の一環としてグループで学習動画を制作した。敬語を使う設定(客と店員など)を考え、うっかり間違って敬語を使ってしまうストーリーを考える。どのような言葉遣いをすればよいか、視聴者にクイズ形式で考えてもらい、最後に解説するという形の動画である。

生徒はどうすれば映像を通して正しい敬語の使い方について学んでもらうことができるか、撮影するだけでなく効果音やテロップを挿入するなどの編集を工夫していた。

 

授業実践から見えてきた映像教材の有効性と課題

映像は非言語情報を検討するのに効果的である

 「話すこと・聞くこと」や「書くこと」の学習では、映像のもつ非言語情報が学習の重要な要素となった。映像は言葉だけでなく目線や頷き、声、表情などの身体性も伝えることができる。これが最大のメリットである。また、対面でのやりとりと異なり、事前に収録した動画であれば教師がポイントを押さえて視点を示したり、生徒が何度も見返して検討をしたりできる点もメリットである。

 

映像提示のタイミングや組み合わせが重要

 「読むこと」の授業では、作者自身が作品について語る映像を取り上げた。これは作品への親近感を高めるためには効果的であるが、一方で取り上げ方に注意も必要である。生徒が読む前に作者による解釈を示したり、それを「答え」のように提示したりすることで、学習者が自らイメージを作り上げようとするモチベーションを奪う可能性もある。「読むこと」の学習では、極力、学習者が先入観を持たずにテキストと向き合う体験を大切にしたい。そのうえで、作者の解釈と出会い、テキストを介して作者と学習者が対話をするように多様な解釈を交わしあえるとよい。

 なお、一人一台端末環境では学習者が様々な情報に自由にアクセスできるようになる。出会うタイミングや順序を設定することが極めて難しくなる点には注意が必要である。

 

「視点」や「みること」の力を押さえる

 文字情報と比べ、映像情報は極めて情報量が多い。映像から適切に情報を受け取るためには、どこに着目し、どう情報を取捨選択し、関連付けて解釈するかなど、視点やものの見方を意識することが重要だ。

 「映像を見せればすべてを理解させることができる」というのは教師の思い込みにすぎない。映像を活用する際には、学習の遂行に必要な視点や、ものの見方について教師が把握し、支援をしていくことが必要である。

 このような「視点」や「ものの見方」への学習者の意識を高めるためには、プレゼンテーションや映像編集など、何かを他者に対して効果的に「見せる」立場に立った学習活動をとりあげ、「視点」や「ものの見方」を意識することの威力や重要性を実感させると良い。

 「みること」「みせること」について、藤森(二〇〇三)は以下の四つに整理し、さらに七七もの評価基準に能力を細分化している。紙幅の関係で全ては紹介できないが、映像を活用する際の必要な力として参照するとよいだろう。

視ること:視覚もしくは視覚的行為によって対象を概括的に捉えること  

観ること:対象を詳しく観察し、その内容を解釈・分析すること

診ること:観察した対象の内容とその価値を批判的に判断、評価すること

見せること:視覚による表現を活用して、情報を相手に効果的に示すこと

参考文献

宇治橋祐之(二〇一九)「教育テレビ60年 学校放送番組の変遷」『NHK放送文化研究所年報』六三巻 一三一―一九三頁 NHK出版

文部省(一九六六)の『学校放送の利用』光風出版

藤森裕治(2003)「国語科教育における映像メディアの教育内容 : メディア・リテラシーの視点から」『国語科教育』五三巻一八―二五頁

bottom of page