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わたしの授業づくりの方程式~​こうやって国語の授業をつくっています~
 
授業づくりで大切にしていること10箇条

国語の授業は言葉の力をつけること、それは大前提として、次のような観点や問いを意識して授業を作っています。

やや暑苦しい内容ですが、参考になれば。

1 学習内容、学習方法と、学習者の生活、社会とのつながりを考えた授業を常に意識する。

 

2 価値あるテキスト(学習材=文化遺産)、価値ある言語活動を通して学んでいく授業にする。

 

3 その言語活動固有の能力と語彙は何なのか、教材だけでなく、言語活動そのものを精査するのが授業の研究。

4 言語活動に子どもたちなりの試行錯誤と創意工夫の余地があるか吟味する。

5 どの生徒も学習に参加できるか。勉強の得意な子も、そうでない子も、自分なりの関わり方ができるように

         授業が構成されているか?

6 子どもの目線で、意欲的に取り組みたいと思えるものとなっているか? 

  学習にのめり込む「フロー体験」があることが理想。

7 大人の目線で取り組んでも価値ある学びとなっているか。

  必ず口だけでなく教師自身もその学習を体験してみる、モデル(お手本ではなく)を示す。 

 

8 それぞれの生徒の個性、価値観などの違いが際立つものとなっているか?

  そして教室が、異質な他者と出会い、認め合い、学び合う「学習コミュニティー」になるように配慮されているか?

 

9 究極の評価者は学習者自身。

  「答え」ではなく「問い」を持ち続け、自己評価力を高めさせるのが、教師の評価の目的。

  授業のゴールは、学校を出た先に、言葉の学び手として育ち続けていくこと。

10 教師の構えは「あこがれにあこがれる」「沿いつつずらす」(齋藤孝)

        教師は、学ぶ内容について強いあこがれを示して子どもを誘惑するとともに、子どもがあこがれを持って伸びていく           姿にも畏敬と尊重の念を持つ。

      「沿いつつずらす」構えとは、子どもの興味関心、あこがれに寄り添いつつも、望ましい方向を示唆してずらしてい

       くこと。

       教師は学習者の半歩前に立ち、ともに前を向いて進んでいく存在。

​授業づくりの方程式

私は普段、どのような発想で授業をつくっているか、授業づくりの方法についてちょっと語ってみたいと思います。

授業の大枠はこの「方程式」で考えます。子どもの実態や学習の流れを感じ取りつつ、普段から、どんな授業をしたいか、いろいろな本を読んで授業のアイディアを蓄えておきます。​(←リンク参照)そしてこの三つの要素にやりたいことを当てはめてみます。この三つの要素を組み合わせ、シンプルにやりたい授業を言い表せるようになると「いい授業になりそうだな」という予感が漂ってきます。

A 学習材(これを) ✕ B 言語活動(こうすることで) ⇒ C 授業の価値(こんな価値が生まれる)

たとえば、最近の授業なら……

「わたしの素 トークショー」という授業では

A 自分にとって思い入れのある本三冊を……(学習材)

B トークショーの形式で交流することで……(言語活動)

C 読書経験をふりかえり、共有していく……(授業の価値)

「聞き書き入門」という授業では

A クラスメートが熱中していることについて

B インタビューし、聞き書きレポートとしてまとめることで

C 傾聴する聞き方、質問の投げかけ方を学ぶ

「座右の論語」という授業では

A 「論語(ビギナーズ・クラシックス)」を

B テーマを決めてアンソロジー(LibraryNAVI)を作ることで

C 自分なりの切り口で古典を味わう

「万葉集で教育実習」という授業では

A 教科書に掲載されている万葉集の和歌について

B 疑問点をグループで解明し、他の生徒に授業をすることで

C 和歌の内容や時代背景をより深く理解する

などのような感じです。

この三つの要素は、次のようなポイントがあります。

Aの学習材は、やはり価値あるテキスト(学習材)をぶつけることです。子どもの興味関心を意識しすぎて質の低いものにすると、授業を形にするのが難しくなります。学習材(テキスト)がしっかりとしたものであれば、資料も豊富にそろいますし、多少活動がゆるくても豊かな学びにつながっていきます。

 

Bの言語活動は、この授業用として特別にしつらえたものではなく「トークショー」「聞き書き」「アンソロジー」「授業」のように、世の中で流通しているもの、それもなるべく具体的に活動のフォーマットがイメージできるものが望ましいです。反対にいえば「この授業だけ」に通用する方法、活動とか「国語の授業でしか」使わない、「大人がしない」ようなような不自然な書き方、読み方、話し方や聞き方をなるべくさせないということです。どの授業でも、社会でも大人たちでも使うことのできるような本物の方法を採用するということです。(←これが理想)

 たとえば、生徒には「交流しよう」ではなく「トークショーをしよう」と投げかけます。「『トークショーって見たことあるでしょ、あの『徹子の部屋』みたいなのをやればいいんだよ」と伝えれば、子どもたちはそのイメージにそって自分なりに工夫して言語活動に取り組むようになります。

 このように言語活動が具体的に設定できれば、その言語活動に内包する言語能力、語彙などを分析して、学習指導要領などと対照して指導事項を絞り込みます、そしてその分析から、子どもたちにヒントとして提示することを考えます。

Cの授業の価値は、ひと言でその授業の価値を学習者に伝えられるようにすることが肝要です。

 「授業の価値」とはいわゆる指導事項とは質が異なります。測定すべき能力ではなく、目指すべき方向性を示すものです。「価値目標」「方向目標」という言葉があります。(「大切なものは、目には見えない」) しかし、指導案レベルに落とし込む際には、もう少し精妙に、指導事項や言語技術を関連させていく必要があります。

 授業づくりにおいては、「つまりはこれを目指すんだ」という授業の価値、方向性を、ひと言で言い表すことができるまで目的を絞るべきです。そうしないと授業の方向性がぶれてしまいます。

 子どもの実態、学習の系統性をよく考えて、ちょうどいいタイミングで授業を生徒に投げかけていくようにします。

授業づくりの実際(「わたしの素 トークショー」の授業から)

 

※これは以前あるところで書いた記事からの再掲です。→「わたしの素 トークショー」の詳細な実践レポートはこちら


1、学習者にとっての「この授業の価値」とは何なのかをじっくりと考える


中学3年、読書生活を振り返る学習。
学首指導要領では、中3「読むこと」の言語活動例に以下のように示されている。
「自分の読書生活をふり返り、本の選び方や読み方について考えること」。
「読書生活をふりかえる」とはどういうことか、「本の選び方や読み方について考える」とは何をどうすることなのか。
授業をする二ヶ月ほど前から、それをぼんやりと考え続けていた。
ぼんやりと考え続けてたある日、学校図書館をうろうろと眺めていたら、次の本と「出会った」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


『ほかの誰も薦めなかったとしても今のうちに読んでおくべきだと思う本を紹介します。 』

 

この、長ったらしい名前の本は、角田光代、森達也、村上陽一郎、上野千鶴子、木田元、金原瑞人などのそうそうたる執筆陣が、14歳の少年少女にむけて、「今のうちに読んでおけ」という本について熱く語っている本だった。
この本に登場する方々は、どれも10代に強烈な読書体験をしている。そして自分の人生に影響を与えている1冊を、いくつになっても熱く語り続けることができる。

これだなと思った。
本にはそういう力がある。読書の力とはそういうものなのだ。
「読書生活をふりかえる」というのは、単に一日何分読んだとか、何冊読めたというレベルの話ではない。今までの人生の中で、あるいは日々の生活の中で、どのような一冊と出会い、そして自分の運命を変えていったか、切り開いていったのか、そのルーツまでたどらないことには「ふりかえる」なんていうことにはならないのではないか。
この風変わりなタイトルの1冊と出会ったことで、授業の発想が一気に膨らんできた。

授業を構想するとき、私はまず授業のタイトルから考える。
最初の案は「私のつくり方」・・・・・うーん、そういうことなんだけどちょっと違うなあ。「つくり方」っていうような、外側からこしらえる感じじゃなくて、もっと内的な必然性に導かれるようにして、一冊の本と人は出会っていくのではないだろうか?
悩みに悩んで、最終的には「わたしの素(もと)」という授業タイトルにした。
「わたしの素」。「味の素」みたいに、自分という存在の、「味」を作り出す要素のようにも読める。また、「もと」をたどっていく、ルーツをさかのぼっていくようなイメージにも連想が進んでいく。これはなかなかいいかもしれない。
このような紆余曲折を経て、ようやく一ヶ月前に、授業のおおまかな構想が固まった。

 

2 授業のなかの言語活動がどういうものなのか精査する

この授業のもう一つのねらいは、「わたしの素」の交流を、一方的に伝え合う活動にするのではなく、質問を通して引き出し合う活動にすることだった。「引き出し合う質問」を学ぶ学習活動にしたかった。
「質問」ということでいえば、ほとんどの生徒が日常的に「質問」はしている。分からないことを教師に聞いたり、興味を持ったことを友達に「質問」したり。
しかし、世の中で必要とされている「質問」は、もう少し広がりのある概念だ。自分が知りたいことを「質問」するだけでなく、相手の気持ちや考えを引き出すときにも「質問」は用いられている。
「今日の体調はどう?」
「君のこの取り組みは、どのへんをゴールにして進めているの?」
「この話し合いのテーマが何か、もう一度確認しませんか?」など。
このように、相手の意向をうかがったり、相手との相互関係の中で新たな文脈を作り出すことも社会生活における「質問」の大きな働きの一つだ。
また、コーチングやカウンセリング、ファシリテーションといった職業の専門性の根幹にあるのも、このような相手やチームの力を引き出すための「質問」にあることはいうまでもない。
これらの質問は、自分が知りたいことを聞く、分からないことを質問するというタイプの「質問」ではない。そうではなくて、相手が話したいこと、相手が解決したいこと、相手が心の中でもやもやしている部分をクリアにするために行われる「引き出す質問」だ。
このような後者の「引き出す質問」を日常的に使えるようになって欲しい。すぐには使えなくても、中学生が「引き出す質問」を意識できるくらいにはなって欲しい。そういう願いから「引き出す質問」の授業プランを考えることにした。

 

 

3 社会で活用されている「引き出す質問」の言語活動のモデルを探しだす

「引き出す質問」を学ぶことの難しさは、いままでの「分からないことを聞く」というタイプの「質問」から「引き出す質問」というものがあるんだということへ発想を転換するところにある。
このような「引き出す質問」について、理論や理屈で中学生に説明しようとしてもそれは無理なことだ。そういうやり方でなく、「引き出す質問」を一気にイメージできる便利な方法はないか?
それはある。生徒の身近な生活の中で「引き出す質問」を目にする機会が、実はある。
それはテレビのトーク番組だ。
トーク番組では、ゲストを番組に招き、ホストから質問を投げかけ、ゲストの魅力を引き出していく。阿川佐和子や黒柳徹子という対談の名手がいる。「さんまのまんま」の明石家さんまがゲストに質問する「振り」も、そういう「引き出す質問」の一種だろう。トーク番組には「引き出す質問」のワザが縦横無尽に飛び交っている。
このトーク番組というフレームを使い、中学生を「ゲストの魅力を引き出すホスト役」にしてしまえばいいのだ。そうすれば、くだくだとこちらで説明をしなくても、一気に「引き出す質問」をイメージさせることができる。このような発想から、授業のフレームを「トークショー」とすることにした。

なお、この実践のトーク番組のフレームを使った先行実践は以上の文献に詳しい。

中学校における「対話」学習の実践研究として筆頭にあげられる一冊だろう。先達はあらまほしきことなり。『国語授業における「対話」学習の開発』
 

4 言語活動を効果的にする授業の仕掛けを考える

今回の「わたしの素」では、今までの人生で出会った本の中から三冊をチョイスして紹介し合う活動を行う。
この「三冊」というのが意外にキモだったりする。
取り上げる三冊は同じようなものは避ける。(例えば「名探偵コナン」1巻、2巻、3巻みたいなのはNG。)
三冊は、なるべく違う時期、違うジャンル、内容のものとするようにさせる。
一冊とか二冊でというのは比較的スムーズに決まる。ちょっと多そうだったら四冊という手もある。しかし三冊選ぶというのは不思議と難しいのだ。
プラスとマイナス、白と黒だけでなく、第三項を選ばなければいけない。そのため「三冊」は、選書が立体的なものになってくるようなのだ。そんなバカなと思うかもしれないけどやってみるとそれが実感できる。三冊は悩ましい。
今まで読んできた本を絞り込むこと、これだけでも、一体何を選べば良いか、どのような本を組み合わせれば良いかと頭を悩ませることになる。ためつすがめつ、昔読んだ本を引っ張り出して、読みかえしていくことになる。それを三冊組み合わせて、立体的に「わたしの素」を表現しなければならないのだ。このように「三冊に絞りこむ」というプロセスを経ることで、これまでの読書生活を立体的に捉え、ふりかえる意識へと、一気に高まっていくこととなる。
※なお、三冊を立体的に組み合わせる発想は、松岡正剛の「三冊屋」をヒントにしている。こんなところにも「編集」が潜んでいるのである。

 

いろいろと能書きをたれたけど、ここからが授業の実際となる。

単元名
「わたしの素(もと) 〜「本との出会い」のこれまでとこれから〜」

授業の概要
今までの十四、五年間の人生で出会った本の中から、印象に残っている一冊、大好きな作品、夢中になって読んだ本など、人生を変えた!というような本を紹介し合う活動をし、読書経験を共有していく。

授業の展開(全三時間展開)
1時間目 本との出会いをふりかえる
①単元の概要を確認する。
(授業については、一週間前に生徒たちには予告しておいてある)
②教師のデモンストレーションをみて、学習のイメージをつかむ
 教師とゲストとで「本との出会い」のトークショーをする。(「徹子の部屋」みたいなやつね、と言ったら一気に生徒とイメージを共有することができた)
③「本との出会い年表」を書く
④③の年表の中から、「わたしの素」を三冊に絞り、フリップに書く。(下写真)

このように、フリップには、それぞれの本の下に簡単なコメントが添えられている。

インタビュアーは、本の内容や、添えられたコメントという限られた情報から質問の切り口を考えていくことになる。
 

2・3時間目 「わたしの素」トークショー

五人グループを作り、一人ゲストを決めて、そのゲストの読書体験を質問して引き出し合うトークショーを行っていく。
なお、授業は次のような展開で行っていった。

①トークショーの打ち合わせ(3〜4分程度)
ゲストは退席してグループから離れる。
その間、インタビュアーである四人は、ゲストが提示したフリップから質問内容を考えたり、質問を調整をしたりする。
質問が重複していないか、質問の順序は適切かなどを考えていく「作戦会議」を行っていく。この打ち合わせの段階で、すでに「引き出す質問」のメタ認知が高まっていくことになる。

②トークショー(7分くらい)
ゲストを拍手で出迎えてトークショーが開始。
それぞれの質問者は「二問ずつ」質問をしたら他の人にバトンタッチをしていく。(トーキングスティックであるぬいぐるみがバトン代わり)


この「二問」というところにもこだわりがある。
一問目は①の「打ち合わせ」で事前に考えておく質問。
二問目はアドリブでその場で考える質問。
言うまでもなく重要なのは、二問目のアドリブ質問だ。
二問目の、即興的に考える質問をひねり出すためには、ゲストの話を真剣に聞き取って、文脈を押さえ、どのタイミングで、どのような問いを切り込めばいいか考えていくことになる。特に、自分が知りたいことではなく、相手を引き出すための質問を意識していかなければならない。しかも、前の質問者や後に続く質問者の質問内容も意識して、上手くつないでいかなければならない。そのため、この質問はかなり難易度の高いものとなる。さすがにフリーハンドでは難しすぎると判断して、その支援として、質問のパターンをカードにしてテーブル上に並べておいた。
(全員ではないが、このカードを頼りに質問を考える姿は見られた。だから一定の効果はあったと言える。しかし、上手くトークの文脈をつなげるように質問を繰り出していくのはなかなか難しかった。きっとこれは大人でも難しいことなのだろう)

この「質問のカンペ」は、トークショーで質問として交わされそうな内容を片っ端から分析してカードに書き起こしたものだ。質問が思い浮かばなくなってしまったら、このカンペをチラ見しながら即興的に質問を思い浮かべることになる。(別にこのカードの言葉を言わなければいけないというものではない。ヒントカードのようなもの)
こういう学習言語、学習語彙を、子どもの活動内容に合わせて提示する手法は、先日、つくばの研修で学んだJSLカリキュラムの発想を参考にしている。

テーブルのセッティングは以下の通り。