国語教育授業実践開発研究室
一人一台端末環境は中学生の情報活用をどのように変えたか
(2019/01/14)
急速な情報化の現状から
平成の三十年間で最も大きな社会の変化とは何か、それは間違いなく、インターネットの普及を始めとする情報化の急激な発展だろう。内閣府の調査(二〇一八)によると、十代青少年の八割以上、保護者世代の九割強がスマートフォン、PC等の情報端末を活用し日常的にインターネットを利用しているという。情報端末は、もはや「あると便利なもの」というレベルから、社会生活のあらゆる場面で活用される「なくてはならないもの」となっている。
しかし、日本の教育現場は、この情報化の潮流にほとんど取り残されている。海外と比較すると、OECDの調査(二〇一三)によれば、日本では「生徒は課題や学級での活動にICTを用いる」と答えた教員の割合が9.9%にとどまっている。これは全三十四の国・地域の中で最低であった。(参加国平均は37.5%)日常生活で当たり前のように使われるICTが、学校現場では十分に活用されていない。これでは社会とのギャップは広がるばかりだ。
この現状から、政府、文科省は情報化に対応するための整備を急速に進めている。デジタル教科書などに対応する学校教育法の改正、新学習指導要領国語科で新設された「情報の扱い方に関する指導」の充実、そしてICT環境の整備である。ICT環境は一人一台端末の実現を目指す。現在の状況は、例えばタブレットはここ三年で五倍の増加率である。このペースで進めば、あと数年で全国の子供たちがノートや教科書の代わりにタブレットやPCで学習することが普通の光景になっているかもしれない。
そのときに、学習者の情報活用は、国語科の学習は、何を目指し、どのように変わっていくべきなのだろうか。
情報社会の中での「読む」こと
安居總子(二〇〇五)は情報社会にあっての「読む」ことの基礎力を「情報として読む力」と位置づけ、読書を「文字情報とかかわって、知識・情報を得、それと併行して感動したり思考したり想像したりして、あるときは新しいものを創り、あるときは他者とコミニュケーションを交わし、人の生き方・ものの見方考え方を学んで自己の生き方・考え方に反映させ、再構成・創造した思考・情報を他者に伝えようとする、一連の行為」と整理した。この「情報として読む力」を定着させるためには「学習者が、情報入手から、加工し、新たな情報として再構成する全過程を経験することが必要」と述べる。具体的には「情報発信を目的とし、そのためのリサーチ、リライトする、そこに『読む』活動を位置づける」授業設計が求められるという。
安居の「読むこと=読書」観は、いわゆる紙の本に限定するようなものではない。情報社会の進展に伴って変化、増大する様々なメディアからの情報を取り入れ、活用するときにも指針となりうる。ポイントは、情報の消費者としてではなく、再構成、創造の担い手(生産者)として育てるということ、そして、情報を発信し、他者とコミュニケーションを交わして共有(シェア)していく、知の編集者、共有者として育成していくことである。そのためにこそ、ICTなどのテクノロジーを活用することが求められる。
テクノロジーが教育に与えるインパクト
ICTなどのテクノロジーが学校現場に導入されると、どのような変化が起きるのだろうか。この変化を捉えるモデルとしてPuentedura(二〇一〇)のSAMRモデルが知られている。これはICT導入によって起こる教育の変化の段階を四つの頭文字で示したものである。
導入初期はS(Substitute:代替)やA(Augmentation:増強)といった、既存の道具の置き換えや強化段階があり、ここからM(Modification:変更)やR(Redefinition再定義)といった、既存の教育の問い直しを含む転換段階へと移行していく。
例えば、調べ学習をして、レポートにまとめて発表する学習活動を、ICTを活用して改善していくとしたら、どのようにその変化を段階づけられるだろう。
S(代替)段階では、例えば紙資料をスキャンし、デジタルデータで配布する活用が考えられる。紙をデジタルに置き換えただけなので、省力化の他に質の変化はない。
A(増強)段階は、紙資料に加え、インターネットのウェブ資料を使って情報収集したり、学習支援ソフトの共有機能を使って、デジタル化したレポートを他の生徒と読み合ったりする活動が考えられる。増強段階では、紙がデジタルに置き換えられ、情報量や共有が一気に増加していく。
M(変更)段階では、A段階に加え、それぞれの学習者が教室や自宅のPCで、他のメンバーとデータを共有し、協働で資料を作成したり、コメントを書き合ったり、撮影した映像を編集したりする活動が考えられる。従来の紙メディアだけでは不可能だった情報活用が広がっていく。
R(再定義)段階は、教科、学校という枠そのものの問い直しへと向かう。例えば、海外の学習者と一緒に、翻訳ソフトなどを駆使して、協働で「百人一首」を紹介する動画を制作し、全世界へ多言語で発信するプロジェクトに取り組む活動が考えられる。こうなると、もはや教科や学校の枠を飛び越えた学習活動である。しかし、このような高度な活用段階でも、スマートフォン一つで実施可能だ。
一人一台端末環境での情報活用の学習から
勤務校ではノートPC、タブレット(iPad)がそれぞれクラス生徒数分整備された一人一台端末環境が整っている。国語の授業でも、毎時間ではないが生徒が一人一台のタブレットやPCを使って学習活動に取り組んでいる。さらに昨年から教室に無線LANが整備され、インターネットに接続したり、クラウドでデータ共有をしたりできるようになった。教師も生徒も試行錯誤の中での取り組みであったが、次第に機器にも慣れ、使いこなせるようになってきた。そこで、一人一台端末環境での実践について、授業者として見えてきたことを整理し、考察していきたい。
分析する観点は、安居が提起した情報社会での読みの力を育てる「情報発信を目的とし、そのためにリサーチ、リライトする」学習を取り上げる。その学習プロセスにICT環境がどのように寄与したか、そしてどのような課題が見えてきたか考察する。以下、SAMRの段階に沿って検討したい。
【S 代替】読書会「宮沢賢治の世界」(電子書籍)
実践概要:「青空文庫」を電子書籍化するアプリ「i文庫HD」を用い、各自のタブレットで宮沢賢治作品を読み進めた。読んだあとで、同じ本を選んだどうしでグループを作り、印象に残った言葉やテーマを出し合い読書会を行った。その成果は「どくしょボード」(「どくしょ甲子園」で使われる読書会の様子をまとめたポスター)の形式でまとめた。
ICTの効果:紙の本の代替として電子書籍を活用した。電子書籍であれば、生徒人数分の本を揃えることは容易となる。生徒の中には電子書籍アプリの検索機能を活用し『風の又三郎』の「色」を切り口に分析する工夫も見られた。
課題は、手元に端末がないと電子書籍が読めないという点である。学校貸出端末を使う場合は、その利用可能時間内に学習が制限されてしまうデメリットがある。
【A 増強】「幻の魚発見!」新聞(デジタル教科書)
実践概要:学習者用デジタル教科書教材(光村)収録の説明文「幻の魚は生きていた」本文と、インタビュー動画などを組み合わせ、生徒一人ひとりが「クニマスが発見された日の新聞」の形でリライトした。なお、インタビューの書き起こしは「聞くこと」の学習として取り組んでいる。
ICTの効果:マルチメディア教材であるデジタル教科書の特性を活かし、映像資料も「読む」対象として教科書を取り上げた。デジタル教科書内のデータなので、生徒が触れる情報が把握でき、反応が想定できるので、見通しを持って指導ができるメリットがある。また、「話す・聞く」教材としてのデジタル教科書の可能性も実感した。
【A 増強】「座右の論語」(ウェブ・スライド)
実践概要:学校図書館で集めた『論語』の解説本や、ウェブ上の資料から、印象に残ったものを集め、グーグルスライド(グーグル社が提供するパワーポイントのようなプレゼンソフト)を作成してお互いに発表し合う活動を行った。スライド一枚に、書き下し文、言葉の意味、その言葉を使いたいシチュエーション、教訓を書く。このスライドを三枚以上組み合わせ、最後にあとがきを書いてまとめた。
ICTの効果:論語のような古典は、資料がウェブ上に豊富に存在する。生徒は自分にあったレベルのテキストを選び、スライドを編集していた。スライドは最低三枚作るように指示したが、意欲的な生徒は一〇枚以上の大作を仕上げた。このように、ウェブでは個に応じて様々なレベルの資料が入手できる。また、スライド作成では、枚数がいくらでも増やせるなど難易度が調節できるところが利点である。
一方、指導が難しかった点は、ウェブ上で出会う資料の質がまちまちだったということだ。『論語』の書き下し文を示さずに意訳した言葉だけ紹介しているサイトや、通説とは異なる、サイト作成者独自の解釈を書いているものもあった。そのため、教師が後追いで、生徒が引用した資料の点検、助言をする必要があった。ウェブ上の資料を活用する学習の難しさを実感した授業であった。
【M 変更】「遠野物語の世界」(ウェブ・スライド)
実践概要:修学旅行で訪れる遠野に関連して、『遠野物語』について、河童、雪女などのテーマをグループごとに決めて調べ、スライドにまとめて発表する学習を行った。『口語訳 遠野物語』(河出文庫)を班に配布して基本資料とし、原文は「青空文庫」から、それ以外は、学校図書館で揃えた本と、ウェブ上の資料から調べてまとめた。
ICTの効果:この学習では、グーグルスライドの共同編集を活用した。共同編集とは同じスライド画面を複数人が同時にアクセスして書き込むことができる機能である。グーグルスライドにチャット機能があることを発見した生徒は、早速チャット上で相談したり、URLを共有したり、スライドにコメントしあったりして作業していた。
なお、スライドは共同で作成するが、プレゼンテーションは別々に分かれて一人で説明する形にした。そうすることで、作業のただ乗りをすることなく、個人が責任を持ってスライド制作に関わることができるようにした。
このように、データの共有や共同制作が非常に簡単に行えるのがICTの利点であるが、裏を返せば、ツールによって個の責任や分担が見えにくくなるので、個と共同の学習の区別を明確にする必要がある。
【M 変更】「今、私が文学を学ぶということ」(グーグルクラスルーム・表計算ソフト・ワープロソフト)
実践概要:光村図書の広報誌「国語教室相談室」87号に掲載された、脳科学者、投資家、詩人など六人による「文学を学ぶこと」についてのエッセイを比べ読みする学習である。この六人の文章すべてを印刷して配布した。それを、どこに共感・反感を持ったかなどの観点で比べ読みしていく。比べ読みの内容は表計算ソフトで作ったワークシートに各自記入し、最後に、自分にとっての文学を学ぶことについて、資料を引用しつつワープロで文章を書いていく。
課題の配布、提出、共有はグーグルクラスルーム(クラウド上でデータ共有や、意見交流ができるクラス内掲示板のようなもの)で行い、他の生徒が考えた要約や、エッセイを参照したり、コメントし合ったりできるようにした。
ICTの効果:ICT活用としては、表計算ソフト、ワープロソフトによる比べ読みの内容のまとめとエッセイ制作、さらにそれらを集約するグーグルクラスルームの活用があげられる。複数のソフトウェアやクラウドシステムを組み合わせることで、複雑かつ大量の情報を、効率的に編集、整理し、共有することが可能となる。
学習の成果で顕著に変化が見られたのは、文章量と語彙だ。手書きと比べ文章量が数倍増え、使用する語彙も難しいものが増えた。これは、漢字変換が容易なために、手書きだと躊躇する難しい語彙でも使ってみようという意欲が引き出されたからだろう。また、何度も推敲をして書き直したり、自宅で課題にじっくりと取り組んだりする生徒もいた。これは、自宅でもどこでも同じ環境でできるクラウドの強みである。(グーグルクラスルームは、学習者のデータを教師が共有し、課題の進行状況を随時捕捉できる。)
実践から見えてきた変化と課題
①扱う情報量が増え、質が多様化する。
生徒が読む情報も、発信する情報も、アナログと比べて数倍増加していた。また、その質やレベルも様々だった。多様な情報に触れることができることで、個に応じた情報が得られるメリットがある反面、学習の目的にそぐわない情報にも触れる可能性が増えた。情報検索と、それを取捨選択するスキルの育成が今後は必要となる。
②ICTは思考や表現を支援する。
テキストの検索、切り取りや貼り付けの機能、漢字変換機能などによって、文章読解や文章作成を支援していた。手書きが苦手な生徒、漢字を書くことが不得意な生徒にとって、今まで使われなかった語彙や表現が引き出されていた。特にワープロは推敲を得意とするので、今後は文章構成や推敲の学習に積極的にワープロを活用していきたい。
③ICTは協働的な学習に強みを持つ。
他の生徒と協働で作業したり、情報を共有したりする学習にICTは強みを持つ。お互いが異なる情報を持ち寄ったり、お互いの表現を参照したり、助言し合ったりする学習活動で特に効果を発揮した。その反面、自他の活動の境目がICTでは見えにくくなるので、個と協働のバランスに配慮した授業デザインが必要となる。
④ICT環境になじむことで情報活用が加速する。
ICTを導入する場合「習うより慣れろ」の姿勢が大切だ。最初は戸惑いながら不十分な活用が続く。しかし、次第に慣れていき、自分なりの使い方を発見していく中で、主体的な活用が引き出されていく。最初からツールの使い方を完璧に教え込もうとしたり、制限したりするのではなく、生徒の自由な活用を促す中で、次第にICT環境が自分のものとなっていくプロセスが肝要なようだ。
⑤SAMRの視点は授業デザインの発想転換を促す。
SAMRによる整理は、「アナログの代わりにデジタル」という単純な発想に陥ることなく、授業づくりの新たな視点を得るために有効であった。デジタルならではの部分に着目することや、従来のアナログな手法とデジタルとを融合させた授業づくりへと発想の転換を促すことができた。
〈参考文献〉
国立教育政策所編「教員環境の国際比較ーOECD国際教員指導環境調査(TALIS)2013年調査結果報告書」(明石書店、二〇一四)
内閣府(二〇一八)「平成29年度 青少年のインターネット利用環境実態調査」
文部科学省(二〇一九)「平成29年度 学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果」
安居總子(二〇〇五)「『情報として読む力』を育てる」(「月刊国語教育」二〇〇五年別冊『生徒をひきつける言語活動開発マニュアル』六八~七一頁 東京法令出版)
Puentedura, (二〇一〇) SAMR and TPCK: Intro to advanced practice,